ユーモア

ノンフィクション・ストーリー・オブ・池袋

昨日、友人(女性)と池袋で飲み、二次会の店を探している道中、「いつ行っても閉まっているバー」の存在を聞かされた。4回行って、4回とも閉まっていたらしい。それはもう閉店しているのでは、と思ったが、どうやらそういう訳でもないらしい。

5回目は、何か変わるかもしれない。対して期待していなかったが、友人とボクは、ホテルにあるというそのバーへ、繰り出すことにした。

想像を遥かに超えて、上品なホテルだった。洒落たフロントで、受付の女性に聞けば、どうやら今日も休みらしい。ほらね、やっぱり閉まってた。そう思った矢先、奥から高そうなスーツを着た男性が、

「空いてますよ」

と声をかけてきた。耳を疑ったが、まさかこのタイミングで嘘はつくまい。我々は、期待半分不安半分で、エレベーターに乗り込み、最上階へと昇った。


 

エレベーターを出ると、ナンバーの付いたホテルの部屋が並んでいた。薄暗い廊下を少し歩くと、突き当たりに重そうな黒い扉があった。注文の多い料理店を連想させる、現実感のない佇まいだった。

エイヤと扉を開けると、カウンターには同い年ほどの男…格好からしてバーテンダーだろう、が立っていた。薄暗い照明の中、彼の耳元のピアスがキラリと光り、しばらくこちらを見つめている。

「いらっしゃいませ」と言う彼は、明らかに困惑している。なぜ客が?という顔だ。案内された席に座ると、なんとバーテンダーはそそくさと出て行ってしまった。

次の瞬間、友人が興奮した様子で言ったのだ。

「知り合いに似てる…」


 

友人は興奮を隠せない様子だ。かくいうボクも、その発言には驚いていた。

「そんな偶然があるなんて」

「私もびっくりしてる」

「バーテンダーの知り合いがいたなんて、初めて知ったよ」

「彼、私の知る限りではバーテンダーじゃなかったんだけどね」

「へえ」

「そう」

「ちなみに」

「ん?」

「彼は、中学の友人とか?」

 

友人はキュッと笑って、

「ひみつ」


 

しばらくして扉が開き、彼が戻ってくると、それは予想通り感動の再開となった。話によればこのバーは、我々の入る「2時間前」まで休業していて、このバーテンダーの採用を機に、再開した。それがたまたま今日だった。そしてたまたま、最初の客が我々で、その片方は知り合いだった。

そういうわけだ。なるほどなるほど。


 

「やって分かったけど、舌を糸で切るの、あれ超痛いのな。でもやってみたかったんだよね。なんか可愛いじゃん。2つに避けた舌って。」と言うバーテンダーの話を、友人がウンウンと頷きながら笑顔で聞いている。レロリと出したピンクの舌は、なるほど確かに、先端で2つに割れていた。

「でもさ、舌先だけだと段々物足りなくなってくるんだよね。慣れちゃって。だから次は、側面も行こうかと思ってんだ」 

バーテンダーは、ボディアートとして自分の舌を切るに至ったらしい。バンドをやっていた頃にたくさんの男を見てきたが、そのどれとも違った、男の色気と狂気を醸し出していた。

舌先だけでは、足りないんですか?と恐る恐る発言したボクに、初対面のバーテンダーはワイルドな笑顔を向けて、こう言った。

 

「男なら、イケるとこまでイキたくないスか?」

 

そういうものなのか。


 

気がつくとボクは駅のホームにいて、猛烈な尿意に苛まれていた。トイレに駆け込み、用を足し、鏡を見れば、見慣れた顔が映っている。相変わらず冴えない顔だ。ウエッと舌を出し、ピンク色の丸い突起部を見つめて、安心して、不意にえずいて、それからしてようやく、自分が全額払ったことを思い出した。

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