※先に下の記事を読んでおくと、より楽しめます
都内某駅前の日高屋では、昼間の12時からお婆さんやお爺さんが集まって、うまそうにビールを飲んでいる。
少しお洒落をして、広い席を使い、餃子とレバニラ炒めをつまみにして盛り上がっている。
さながら、大学生の飲み会のようだ。彼らにとっての昼12時は、若者にとっての夜7時くらいなのかもしれない。
照りつける夏の太陽の下、エアコンの効いた店内は、さしづめオアシスのごとし。パンツに染み込んだ汗まですっかり乾いて、ボクはお尻が持ち上がらなくなるのを感じていた。
ああ、ボクもビール飲みたい。いますぐ飲みたい。
でも、今は仕事の休憩中だ。
戻ったらシラフのおっさん達と関わらねばならない。酔ってる場合じやない。今は我慢、我慢だ。
隣の席では、お婆さんがジョッキを豪快に口に着け、ぐまぐまとビールを飲んでいる。喉の鳴る音が聞こえてきそうな、すさまじい飲みっぷりだ。いつのまにか追加で頼んでいた唐揚げに噛みつくと、透明な肉汁がじゅわりと弾けた。
なんて美味そうな晩酌…惚れ惚れしてしまう。気づけばボクは、そのお婆さんに釘付けだった。
次の瞬間、お婆さんはガタン!とジョッキを置くと、キッとこちらを睨んできた。
まずい、気づかれた、と思ったときには既に遅く、お婆さんは席を立ち、ズシズシとこちらに向かって来る。
「アタシの顔に何か着いてるのかい?」
「いや、そういうわけでは···」
「じゃあなんだい。何の用だい?」
お婆さんの圧がすごい。ここは正直に言うしかない。変なことを言ったら、頭からビールをかけられるかもしれない。
「お婆さんがあまりにも美味しそうにビールを飲むものだから、見惚れてしまいました。」
お婆さんはピクリと震え、少しの聞動きを止めると、ゆっくりと、しかし大胆にニヤリと笑った。
「アタシはね、この時間に飲むビールがー番好きなのさ。」
ボクはお婆さんを見上げている。
「若者があくせく働いているこの時間に、駅前の喧騒の中で飲むビールは最高だよ。」
お婆さんは唾を飛ばし、ボクを見下ろしている。
「あんたもジジイになればわかるさ。年老いたって、ビールは上手いし世間は憎いんだ。だからさ、いまは黙って、アタシたちのために働きな!」
そこまで大声で言い放つと、お婆さんは颯爽と席に戻っていった。
突然の出来事に静まり返った日高屋で、ボクは深くひとつ息をして、厨房の中国人に声をかける。
「生ビール、ひとつ!」
そこまで妄想して、くだらなくなってやめた。
チャーハンを食ベ終えると静かに席を立ち、何事もなかったかのように仕事に、戻る。