短編小説

【小説】コスプレイヤーの復讐(後編)

「コスプレは気持ち悪いんじゃなかったのか?」

 

月野春彦は黒原渚に問いかける。そうだ、黒原渚は初めてのイベントで、男たちの視線が嫌だったと言っていたではないか。
そう言われた黒原渚は煙草の灰をトントンと落とし、フッ、と哀愁を漂わせた。

「気付いちゃったのよ。」
「気づいた?」
「イベントでね、私、鏡で自分の姿を見たときすごくテンションがあがったの。ほら、私って、高校まで冴えないキャラだったでしょ?お洒落な服も着たことなかったし、化粧だってしたことなかった。」
「そうだな」
「そうだなじゃないわよ」
「ごめん」
「だからね、」
「はい」

 

「だからコスプレしている私は、人生で一番綺麗だと思ったの。」

 

さながら生まれ変わったようにね、と黒原渚は笑った。

 


男たちの視線が嫌だっただけで、コスプレは嫌ではなかったことに気づいた黒原渚は、すぐさま行動に出た。

簡単だ。コスプレは好きで生の視線は嫌なら、生の視線が集まらない場所でコスプレをすればいい。

 

「それでSNSでの発信を始めたってわけか。」
「そう。毎日欠かさず投稿したわ。そして今や、『SNS時代を代表するコスプレイヤー』とまで言われるようになった、ってわけ。」
「自分で言う?」
「世間が言ってるのよ。」

 

ほら、と黒原渚はニュースアプリを開き、記事を月野春彦に見せる。なるほど確かに、彼女のコスプレイヤーとしての名前をトップに、『SNS時代を代表するコスプレイヤー』という謳い文句が書かれていた。

 

「本物の有名人じゃねえか…。」
「本物の有名人なんだってば。」

 

だから個室居酒屋なのか、と月野春彦は察する。おそらく顔を出して街を歩けば、何人かは気付いてしまうのだろう。SNSでまわってきた彼女の素顔に、月野春彦が気づいたように。

 

「おかげで煙草も落ち着いて吸えやしないわ。世間は私に、煙草のイメージないでしょうからね。」

 

今日も煙がうめえや、と彼女は幸せそうな顔をする。自分の前ではいいのか、と月野春彦は少しドキッとしたが、なるほど既に自分には身バレしているため、今さら隠すものなど何もないのだろう。

ちょっと残念だな、と月野春彦は思ったが、すぐにその感情を副流煙で打ち消した。

 


「じゃあさ、復讐は成し遂げたってことでいいのか?」

 

月野春彦は黒原渚に問いかけた。売買先輩に教わったコスプレで界隈を制し、『SNS時代を代表するコスプレイヤー』にまでなったのだから、既に目的は果たされたかのように思われた。

 

「そうね。復讐は済んだわ。」

黒原渚はあっさりと認めた。

 

「だったら」月野春彦は言う。
「だったらもう、コスプレをする必要はないんじゃないか?毎日投稿なんてしなくても、もう充分目的は果たせただろうしさ。」

そうだとも、もはや彼女にコスプレをする必要は残っていないはずだ。そんな月野春彦の考えを、黒原渚は意外にもあっさりと"肯定"した。

 

「私だってそう思うわよ。」

 

黒原渚の声のトーンが、ひとつ上がったように感じた。

「でもね」
「でも?」
「私は『SNS時代を代表するコスプレイヤー』よ。」
「だからもう、ゴールじゃないか。」
「違うわ。ゴールじゃない。」

いい?と黒原渚は月野春彦を見つめてくる。

 

「『SNS時代を代表するコスプレイヤー』はね、1日たりとも更新を止めることは許されないの。1日でも更新を止めたら、私は女王の称号を剥奪されてしまうの。」

 

黒原渚は続ける。まるで熱にうなされているように。

 

「一度頂点に昇りつめた者は、頂点に居続けなければならない。転落は恐怖よ。転落すれば叩かれる。そうすれば、先輩は私のことを笑うでしょうね。ほら、あの娘も所詮は一発屋だったのよ、って。最初から自分はこの結末を予想してましたみたいな顔して、私の事を叩くの。しかも今度は匿名でね。どの書き込みがその先輩のものかもわからないから、こっちは反論すらできないの。向こうは私が見えてるのに、私は向こうが見えない。不公平で気持ち悪いわ。最悪の結末よね。そうならないために、私にできることはひとつ。」

 

息継ぎが無かった。目も逸らさなかった。飛んだ唾にも彼女は気づかない。

 

 

「私は女王で居続けなければならない。だから、コスプレの毎日投稿は一生続くのよ。」

 

 

 


居酒屋を出た後、月野春彦は『SNS時代を代表するコスプレイヤー』のSNSを覗いてみた。

猟奇的ともいえるおびただしい画像の数と、そのすべてに何千と着いたコメントを見て、月野春彦は駅のホームでずっと動けなかった。

 

黒川、君はこんな数の群衆と戦っているのか。

 

賞賛のコメント、卑劣なコメント、まったく関係ないコメント、ビジネスの宣伝や無意味な喧嘩。コメント欄には、彼女と無関係の誰かさんたちが集まり、好き勝手に発言していた。魑魅魍魎とはこのことか…月野春彦は呆れ、SNSを閉じようとしたそのとき、

ひとつのコメントを見つけた。

 

 

 

『こいつ、〇〇会社にいた黒原渚じゃね?エロ写真売って辞めさせられたやつ』

 

 

 

黒原、

お前はこの場所で、幸せになれるのか?

 

 

 

ふいに月野春彦は、高校生の頃の彼女を思い出した。

 

「3年生がみんなで煙草吸ってんのがバレて、1か月間の部活停止だって。大会前だよ?信じられる?」
「黒原は吸ってないんだよな?」
「当たり前でしょ!私はね、絶対に煙草なんて吸わないんだから!」

 

 

 

すぱーーーー。

 

 

月野春彦は器用に指を動かし、そのコメントに「あなたの名前は何ですか?」と投稿した。返信はない。

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