エッセイ

夜風と親子とコンビニと。

あ、牛乳ない。

夜中に塩ココアを飲もうとマグカップに粉末を入れた後で、ボクはそのことに気がついた。冷蔵庫から取り出したぶよぶよの牛乳パックは、すべての中身を出し終わった後で「もう限界ですぅ~」と言わんばかりの情けない表情でボクを見た。マグカップの半分まで入った白い液体が、黒い粉末を溶かすか溶かすまいか泡を立てて迷っていた。

ココアは飲みたい。今すぐ飲みたい。でもスプーン山盛り3杯分の粉末が、この量の牛乳で溶けきるとは思わない。半分溶けるか、なんとか溶けてもダマだらけで飲めたものではないだろう。

水で薄めるというのは?いやダメだ。ボクは水で割ったココアはどうも好きになれないんだ。水で割って美味しいのはプロテインくらいだ。え?プロテインがいけるならココアもいけるよって?うるさいなあ、こだわりだよ、こだわり。

 

コンビニ行くか。

そう思うのに時間はかからなかった。幸いうちから歩いて3分の場所にコンビニがあったし、さっきまで降っていた夜雨もちょうど止んだところだ。

肌着の上から適当なTシャツをかぶり、一番楽に履けるワイドパンツを取り出した。前髪を上げていたヘアピンをテーブルに投げ捨て、スマホとプリペイドカードだけ持って外に出た。

 

外は驚くほど涼しかった。今日は9月3日。日本には季節風というものがあって、夏はブラジルの方から、冬はロシアの方から吹いてくるんだよ、だから夏は暑くて、冬は寒いんだね。と、中学の頃に習った気がするが(間違ってたらゴメンナサイ)これはもはやブラジルの風ではないなあ、せいぜいアルゼンチン止まりだろう、いいや違うアルゼンチンも涼しくはないか。まあどうでもいいか。とにかく、涼しくなった。外は気持ちいい冷風が吹き、雨上がりの街を優しく包んでいた。食事を終えて火照った身体を、地球が優しく冷やしてくれる。今年は秋、あるかな。少しでもあるといいな、そんなことを考えていたら、予定通り3分でコンビニに着いた。

 

安いほうの牛乳をカゴに入れ、これだけ買って帰るのもシャクだなあ、なんて思いながら店内をぶらぶらする。中学生と思しきTシャツ姿の女の子と、その母親と思しき中年の女性が、冷凍食品コーナーをしげしげと眺めていた。ボクが子供のころ、母親は冷凍商品を一切買わなかったと聞く。子供に与えたくなかったのだそうだ。今思えばすごいこだわりだよなぁ。尊敬する。ボクが子供に弁当を作るときは、冷凍食品禁止なんてとてもじゃないけど無理だ。目の前のお母さん、あなたは悪いことしてません。普通です普通。子供ってね、冷凍食品好きなのよ。だっておいしいからさ。

結局5分ほど店内をうろついたものの、目ぼしい商品は見つからなかった。今は贅沢できる時期ではない。200円のアイスなんて買えない。我慢だ我慢。贅沢は敵だ。欲しがりません勝つまでは。そんな気持ちで、後ろ髪を引かれながらコンビニを出た。

 

なんとなく持て余した気持ちをどこにぶつけることもできず、袋を持った左手を上下運動させて、上腕二頭筋をいじめてみた。1kgちょっとの重りではまったく筋肉をいじめられず、5回でむなしくなってやめた。明日もジムに行こう。いつものように。

深呼吸する。風が涼しい。Tシャツのスキマから、おへそを冷やす。

目を凝らせば道の遥か先に、先程の親子が見える。特に話しているそぶりもなく、2人で前を見つめて歩いている。いや、もしかしたらその状態で話しているのかもしれないが、少なくとも険悪には見えない。親子は何を買ったのだろう。アイスのバラエティパックを買って、いまから家族で食べるのかもしれない。そうだといいな。きっとそうだ。道を曲がって、2人はあっという間に見えなくなった。

 

予定通り3分で家に着き、マグカップに牛乳の続きを。夏まっさかりに買った塩ココアの、塩気はもはや要らないな。エアコンの設定温度を1度上げて、この記事を書き、アルゼンチンのくだりマジでいらねえと思いつつも、消さずに投稿してみよう。今夜はどうも、どんな気分なんだ。

-エッセイ

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