セキララジム生活

セキララジム生活①〜トレーナーとの邂逅。食事を変えろ!〜

真夏のはじまりと、ジム

2019年8月1日。

初日。ユニクロで買ったスポーツウェアを着て、自宅から歩いてジムヘ。

朝の9時半だというのに、照り付ける太陽光はー切の容赦がない。先週までの雨雲は嘘だったのではと疑いたくなるほど、青色の「夏」がそこにはあった。

灼熱の歩道を抜けてジムの扉を開けると、ひんやりとしたエアコンの風が身体を冷やす。備え付けの機械にカードを通し、受付のお姉さんに汗だくで話しかけた。「10時から予約していた月岡です。」

 

この日、つまりジムの初日は朝10時から、トレーナー付き講習を予約していた。トレーナー付き講習は別料金であり、普段ならボクはオプションなど絶対に買わない性格なのだが、様々な事情と陰謀がひしめきあった結果、半月前に思い切って購入していたのだ。

 

実際、もしも予約していなかったらカウンターのお姉さんに話しかけずに真っ直ぐトレーニングフロアに行っていたはずで、その場の空気と無数のマシン、更にはがっしゃんがっしゃんと動く人々に圧倒されて、すごすごと引き返していたかもしれない。…これは後付けだが、トレーナー付き講習を予約しておいて、本当に良かった。

 

トレーナーのお兄さん

「ロッカールームは4階になります。着替えが終わったら、3階にいるトレーナーに声をかけてください。」

受付のお姉さんはRPGの村人のような言伝を残し、エレベーターの向こうでお辞俵をしながら消えた。手元には「初回講習」の証のリストバンドが付けられ、それだけがボクの頼みの綱となっていた。お姉さん日く「これを見せれば、トレーナーが話しかけてくれますので」とか。

…えええ、そんなんでいいのか?こんなヘナヘナのリストバンドで、ボクはボクだと識別してもらえるのか?もっとこう、名札とか旗とかビブスとか、派手に目立つものの方が良いんじゃないか?

 

しかしそんな心配も、3階でエレベーターの扉が開いた瞬間に消え失せた。トレーニングルームの入り口に立っていたお姉さん(さっきの人とは別)は、ボクの手首のリストバンドをチラリと見ると、すぐに話しかけてくれた。

「初回講習の方ですね?もうすぐトレーナーが参りますので、こちらにお掛けになってお待ちください!」

はい、初回講習です!よろしくお願いします!

 

 

待つこと数分。いかにも「トレーナー」と言った雰囲気の、短髪で身体の引き締まった、快活そうなお兄さんがボクのもとに近付いてきた。「月岡さんですか?」と放つ声もハキハキしている。

「トレーナーの田中(仮称)と申します。よろしくお願いします!」

こちらこそ、よろしくお願いします。

 

食事のアドバイス、意外と…?

田中さんはボクに簡単なアンケートを書かせると、それを見ながら話し始めた。声はやはり大きく、明瞭で、スポーツをたしなむ爽やかな青年の面影いっぱいだった。…青年、と言っても、たぶんボクよりは年上だろうけど。スポーツをやっている人間は、若く見えるのだ。

 

「月岡さんは、体重や脂肪率に関しては、問題ないと思いますよ。体型は普通のやせ形ですね。少し上半身の筋肉をつけるといいかもしれません。」

筋力測定の結果を見ながら、田中さんは相変わらずハキハキと説明を始めた。「食事に気を付けると良いですね。今は主に何を食ベてますか?」

 

来た。

 

恐れていた質問だ。

 

ボクは正直に、朝はパン、昼は牛井か蕎麦かラーメン、そして夜は弁当しか食ベないこと、栄養バランスなど考えたこともないことを白状した。あとお酒も好きなんです、夏は毎日飲みます、菓子パンとコーヒーも大好物です…と、話せば話すほど自分の食生活が情けなくなってきた。

もはやトレーナーに話すまでもなく、改善の余地があるのは自明であり、今すぐ生まれ変わるか、もしくは調理師の彼女を作るしかないのでは…と思い始めたその時、田中さんが口を開いた。

 

「まずは朝のパンに塗るマーガリン、これをスライスチーズに変えましょう。」

「本当は朝からしっかりお米を食ベると良いのですが、食生活をいきなり変えようとするのは、どうしても無理がありますからね。」

「野菜不足なら青汁を、たんぱく質不足なら納豆か豆腐を食ベるといいですよ。」

 

田中さんはボクの発言にも呆れずに、やっぱりハキハキと喋った。

てっきり「一人暮らしを辞めて実家に戻れ小童」と言われるとばかり思っていたので、あまりにも優しいアドバイスに正直、困惑した。

しかもスポーツマンらしい、固すぎず柔らかすぎず心地よい敬語を使う。彼は続けた。

 

 

「昼はラーメンを控え、牛丼か蕎麦にしましょう!」

「追加でサラダをー品頼むといいですよ。できれば牛丼より、牛皿定食がオススメです。牛皿定食はかきこまず、よく噛んでゆっくり食べられますので!」

「夜は食べる時間を気にしてみましよう。仕事が遅いなら、思い切って6時ごろ食べるのはいかがですか?」

「遅くなってしまう日は、夕方4時ごろにおにぎりを1個食ベるだけで、だいぶ仕事のパフォーマンスが上がるはずです!」

 

 

田中さんの言いたいことをまとめるとこうだ。

 

 

「いきなり全て変える必要はない、というか無理。だからまずは、サイドメニユーや時間に気を付けて、少しずつ食生活を変えていこう!」

 

これなら、ボクでもできそうだ!

これがもし、ダイエット目的だったら、もう少し厳しい規制をかけるそうだ。

しかしボクの場合は、生活習慣の改善が主な目的なので、そこまでハードな規制をかける必要はないのだとか。

 

ああ、よかった、てっきり朝昼晩の食事をすべて指示されるのかと思っていた。

 

したらば田中さんの言うとおり、まずは今夜の晩酌に冷奴でも入れてみようかな、と思っていた矢先、「あ、それからですね」と田中さんが言った。

 

「お酒は1滴も飲まないのが理想です。」

 

 

え?

 

 

や、あの。

 

 

まさかここまでアドバイスを貰っておいて、お酒だけは無理でーす、言うこと聞きませーん、なんて、できるわけないじゃないですか…!

 

さすがプロ。手札を切る順番を、よく分かっていらっしゃる。

 

仕方ない。この夏は晩酌禁止か…。いや、待てよ…?

 

「あのう、飲み会もダメですか?もう予定があって…」

 

恐る恐る訪ねたボクに、田中さんは答えた。

 

 

 

「いえ!週に1度くらいなら大丈夫です!」

 

 

ふぅ。

命拾いしたぜ。


※と、いうわけで、シリーズ作品として、「セキララジム生活」はじまります!

次回もおたのしみに!

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