東北大学を受験したら、雪山から出られなくなった話。

国立大学の二次試験。今日は全国の受験生にとって、決戦の日だ。

自分も、6年前はそのうちの1人だった。


 

仙台という土地に来るのはそれが3回目だった。でも新幹線に1人で乗るのは、今回が初めてだった。やっと見慣れてきた仙台駅前には雪がチラついていて、仮設のテントがいくつも立っていた。

 

「受験生の方ですか?」

キョロキョロしているボクに、黄色いジャンパーのお兄さんが近寄って来た。腕章に、東北大学、と書いてある。その腕章がとても誇らしく、輝いて見えた。はい、と答えると、宿はどこですか、と尋ねられた。広瀬通りのスーパーホテルです、と答える。

「近いですね。ここから歩いて行けますよ。地下鉄もありますが、どちらで行かれますか?」というお兄さんに、地下鉄で、と答える。

 

しんしんと雪が降っていた。地元の静岡県ではまず見られない空だった。両親が受験のために買ってくれたスノーブーツが心強い。こんな未知の天気の中、歩くなんてごめんだ、と思った。「地下鉄の駅はどこですか?」と尋ねるボクに、「そこの階段を下りてください」とお兄さんは言った。「ありがとうございます」未来の先輩、と心の中で付け足す。


 

宿に着くと、強めの暖房がコートの雪を溶かしてくれた。そういえば1人でホテルにチェックインするのも初めてだった。あたふたするボクに、「受験生ですか?頑張ってくださいね」と、受付のお姉さんはキットカットをくれた。

 

荷物を降ろして部屋で勉強しているとき、ふと、下見に行こう、と閃いた。明日の朝遅刻しないように、というのと、ホテルに1人は落ち着かなくて、というのと半々だった。

 

コートのチャックを閉め、ピカピカのスノーブーツを履く。当時はガラケーで、乗継の仕方なんかも調べられなかったから、受付のお姉さんに東北大学青葉山キャンパスまでの道のりを聞いて、入念にメモを取った。「雪が強くなると、バスが遅れるかもしれません。くれぐれもお気をつけて」というお姉さんに「いってきます」と外に踏み出した。


 

そこに来るのは2回目だった。東北大学青葉山キャンパス。自然史標本館、と書かれた看板をチェックする。白い建物が、要塞のようにそびえたっていた。

ここだ、と身震いした。明日、ここでボクは1年間の成果を試されるのだ。

高校の人達の顔が、次々に浮かんてきた。数学の有名な過去問をたくさん解かせてくれたおじいちゃん先生。つたない英作文を採点してくれたネイティブの先生。同じクラスで切磋琢磨した、京大志望の友達。文理こそ違えどずっと意識していた、文系エースの友達。…彼らの顔を思い浮かべたら、身体が暖かくなった気がした。少し散歩してみよう、と思ってしまった。


 

気が付くと、辺りはすっかり闇に包まれていた。

山の天気は変わりやすい、というのを初めて実感した。あたりに受験生らしき人影はいない。今になって思えば、みんな雪と山と夜の怖さを知っていたのだと思う。南国育ちのボクは、それを知らずにひょっこりホテルから出てきてしまったのだった。

 

バスが来ない、ということに気が付いた時には、雪は横殴りに降っており、コートの隙間から経験したことのない冷気が身体を刺していた。寒い、と感じる反応が遅れている。寒い、というか痛い。耳がヒリヒリする。停留所の小屋には自分ひとりだけで、それが一層、不安な気持ちを増長させた。

当時の仙台に、知り合いは誰一人としていなかった。助けは来ない、その恐怖に全身が凍り付いた。

 

ピロリン、と携帯電話が鳴った。既に推薦で進路の決まった友達からの、応援メールだった。返信するために手袋を外すのも辛かった。それでもすぐに返信した。ボクは、その子のことが好きだった。

 

バスの灯りが見えた時には、泣きそうになった。もしかしたら少し泣いていたかもしれない。30分近く、さびれた小屋で待っていた。携帯電話の命も、もうすぐ消えてしまいそうだった。バスに飛び乗ると、強めの暖房がコートの雪を溶かしてくれた。


 

ホテルに着き、受付のお姉さんの顔を見た時には安心した。おかえりなさい、と言ってくれた。ただいま、です。というと、口が強張っているのに気が付いた。

シャワーを浴びて、身体を溶かす。風邪をひきませんように、とそれしか考えていなかった。直前の詰め込み勉強なんて、している場合ではなかった。今やるべきこと、それは暖かくして十分に寝ることだ!…そう決意すると、湯冷めしないようにすぐに寝た。「風邪ひきませんように」と携帯電話が言った。


 

受験の神様はたぶんいる、とボクは信じている。朝起きると、身体はこれ以上ないほど快調だった。

東北大学と宮城教育大学の受験生が朝の仙台駅に殺到し、ペデストリアンデッキに大行列を作った。その結果、試験開始時間が数十分ほど遅れた。結果として、昨晩やれなかった詰め込み勉強を、バスの中で入念にすることができた。「おはよう」と携帯電話が言った。「がんばってね!」

 

今、6年の時を経て当時のことを思い出す。ぴかぴかだったスノーブーツは、去年底が抜けて捨ててしまった。ガラケーは、もう二度と鳴ることはない。あの子とはもう、何年も連絡を取っていない。

そして仙台は、大好きな人達のいる大好きな街になった。環境は変わっていく。ボクはもう仙台にはいない。それでも6年前のあの日の景色を、今でも鮮明に思い出せるのだ。

 

全国の受験生に、幸あれ!

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